人と比べてしまう!劣等感は、自分の考え方次第で解決できる

この記事が役に立った!と思ったらシェアしていただけると嬉しいです(*^-^*)

人と比べるたび、劣等感に苦しんでいませんか?

「自分は、人よりも劣っている」
「私は、価値がない人間なんだ」

と思い、落ち込んでいませんか?

人と比べるたびに、劣等感を感じていると、「人と比べることをやめたい」と思い、人と比べることをやめることに、エネルギーを向けてしまいます

でも、人と比べることをやめようとしても、なかなかやめることができないのではないでしょうか。

実は、人と比べることをやめることにエネルギーを向けなくても、劣等感は自分の考え方次第で解決できるんです!

ということで、この記事では、私たちの物事の捉え方劣等感の苦しみから解放される方法について紹介していきます。

スポンサーリンク

私たちは、物事をゆがめてみている!

人と比べても、全く悩まない人もいれば、劣等感を感じて、自信をなくし何日も落ち込んでしまうほど、悩んでしまう人もいます。

なぜ、悩む人と悩まない人がいるのか?
それは、人によって物事の感じ方受け取り方が違うからです。

例えば、お祭りの場に行ったとき。
大勢の人が集まり、たくさんの屋台が道の端っこに並んでいます。

いい匂いと賑やかな人の声が、飛び交っている。
そんな状況を見て、人は人それぞれ違うことを感じます

同じ状況を見ているにも関わらず、賑やかでワクワクする!と感じる人もいれば、うるさくて、落ち着かないと感じる人もいます。

これは、人と比べたときも同じです。
例えば、友達の成功を見たり聞いたりしたとき、自分と比べて「自分は人よりも劣っているなぁ」と感じる人もいれば、「あの人に負けないように頑張ろう!」と思う人もいます。

人と比べてしまう 劣等感 自分 考え方次第 解決

  • 「あの人と比べると、自分なんてまだまだだ」
  • 「私なんて、何一つ良いところなんてない」
  • 「今は、調子がいいかもしれないけれど、今だけだ」

などと、人と比べたときに、どう解釈をし受け取るかは、人によって違うのです。

このように、同じものを見ても、人の成功を聞いて自分と比べたときでも、人によって感じ方や受け取り方は、全く違うのです。

なぜ、同じものを見ても、人によって感じ方や受け取り方が違うのか?
私たちは、物事を客観的に事実として把握しているのではなく、主観的に物事をとらえているからです。

少し、簡単に「主観的」と「客観的」の言葉の意味を説明しましょう。

  • 主観的
    自分から見たら、こう見える!あなただけ、私だけの意見のこと。
    他人の意見が、全く入っておらず、自分のものの見方や考え方だけです。
  • 客観的
    だれが見ても、そう思うこと。
    他人から見ても、あなたから見ても、絶対にこう見える!ことです。

つまり、私たちは、物事をそのままで見ているのではなく、自分なりの解釈で、意味づけをし受け取っているのです。

人の「成功」でも、「成功」という事実をそのまま受け取っているのではなく、自分でなんらかの解釈や意味づけをし、受け取っています。

これは、肯定的でも否定的でも、だれもが物事をそのまま見ることなく、自分なりに解釈をし物事をゆがめてみているということなのです。

劣等感の苦しみは、考え方次第で解放される!

人と比べると、

  • 嫉妬
  • 羨望
  • 妬み
  • 焦燥感
  • 劣等感

など、さまざまな感情に苦しめられます。
この中でも、「劣等感」の苦しみは、どう対処したらいいかわからない人が多いのではないでしょうか。

劣等感を強く感じると、自信を失ったり、まるで自分に生きる価値がないように思えてきてしまいます。

挙句の果てに、自分に自信が持てなくて、なにもやる気がでなかったり、「どうせ自分にはできない、無理だ」と諦めることが多くなります。

こんなに苦しいなら、劣等感なんて感じなければいいのに
そう思って、人と比べることをやめようとしたり、劣等感を感じないように、自分の感情を無理やり抑えつけている人もいるかもしれません。

でも、人と比べることをやめようとしなくても、劣等感を感じないように、頑張らなくても、別のやり方で解決することができるのです!

私たちを苦しめる劣等感とは?

劣等感は、

  • 人よりも劣っている
  • 人よりも負けている
  • 自分には価値がない

という感覚のことです。
先ほど、「私たちは、主観的に物事をとらえている」と話しました。

実は、人と比べることで感じる劣等感も、同じなのです!
人と比べて、「人よりも自分は劣っている」と感じる劣等感は、主観的な思い込みなのです。

例えば、無口なことに劣等感を抱いている女性がいるとしましょう。(仮にAさんとします)
Aさんは、どちらかというと昔から無口なほうで、喋ることが苦手です。

人と比べてしまう 劣等感 自分 考え方次第 解決

友達を笑わせるようなことは、できるタイプではありません。
友達と話していても、話し手になるよりも聞き手になることが多いです。

聞き手とはいっても「うん、うん」と話を聞いてるだけ。
上手な聞き手のように、上手く話を広げることもできません。

それに比べ、Aさんの友達は、話をすることが上手く、人を笑わせるのも得意です。
Aさんは、話し上手な友達と比べて、無口なことに劣等感を感じていました

話し上手な友達を、うらやましいと感じ、自分は友達よりも劣っていると、感じていました。
「無口な私は、つまらない」と思うと、自分のことが恥ずかしくさえ思えてきます。

ここで考えてほしいことは、Aさんが無口なことに劣等感を感じていたのも、主観的な解釈にすぎないということです。

主観的な解釈だったからといって、だからなんなのか?

主観的な解釈であるということは、つまり「自分だけがそう思っている」ということです。
自分が、自分のことを無口だと評価し、無口であることが恥ずかしいことだと、自分だけが考えているということです。

私だけじゃなく、兄弟や親戚も、そう言ってた。
もっと、自分を主張しないと、この世の中生き残っていけないぞ!」というふうに言われたことがある。

私だけが思ってるんじゃなくて、みんな思ってる
無口でおとなしい私のことを否定して、「もっと話し上手にならないとダメだ」ってみんな言う。

そう思うかもしれません。

でも、ここで気付いてほしいのは、無口であることをダメだと捉えている人もいれば、ダメだと捉えていない人もいるということです。

自分や家族が考えていることが、全てではありません。
家族や親戚が思っていても、全員が思っていることではないのです。

劣等感から解放されるためには、長所を見る!

劣等感が主観的な解釈である最大のメリットは、その劣等感に対して自分がどう思うかを選択できるということです。

Aさんの例で考えてみると、Aさんは無口であることに劣等感を持っていましたが、逆を考えれば、人の話を聞くことができる人です。

人の話を聞くことができるよりも、話し上手なほうがすごいと思われがちですが、人と話をする際、聞き手の存在は重要です。

だれもが自分の話をしていれば、会話になりません。
聞き手がいてこその話し手なのです。

たまに話の腰を折る人がいますが、自分が話しているときに口を挟まれて、話を持っていかれることは、大体において不快な気持ちになります。

話をうまく広げることができなくても、途中で話をさえぎらず、黙って話を聞いてくれる人というのは、それだけで話しやすいと感じることが、往々にしてあります。

黙って話を聞いてくれる人の存在は、とても貴重なのです。
このように、自分がどういう意味づけをほどこすかで、物事の見え方が変わってきます。

無口であることを劣等感だと思っていたAさんは、「自分は、聞き上手である」という意味づけをすることで、劣等感から解放されました

人と比べてしまう 劣等感 自分 考え方次第 解決

劣等感は、主観的な解釈であり、自分がどういう意味づけをほどこすかで、物事の見え方は変わります

どういう意味づけをほどこすかを選択できるなら、物事の短所ばかり見るのではなく、長所を見るほうがいいと思いませんか?

アドラー心理学では、「私たちを苦しめる劣等感は、客観的な事実ではなく、主観的な解釈である」とも言っています。

まるで、自分で自分を苦しめているみたいですね。
自分で自分を苦しめてるなら、自分が解釈を変えれば、苦しみから解放されます

自分が劣等感を感じている物事に対して、解釈を変えれば、劣等感だと感じていたことにも別の価値を与えることができるのです。

まとめ

いかがでしたか?
劣等感に苦しめられているときは、1つのものの考え方しか頭に入らなくなります。

自分が劣等感だと感じていることも、視野を広げて別の角度から見てみると、案外それがあなたの長所だったということが、往々にしてあります。

自分が思い込んでいることを、「本当に、そう?」とちょっと疑ってみて、「長所はなんだろう?」と自分に問いかけてみてくださいね。

>>「どうして、人と自分を比べてしまうの?」とその心理について、気になる方は、こちらから★
スポンサーリンク

この記事が役に立った!と思ったらシェアしていただけると嬉しいです(*^-^*)

フォローしていただけると、ブログ更新を見逃しません!

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です